こんにちは、
大人も通える大学・看護受験予備校のハマヨビ(浜松駅前予備校)です。
8月ももう終わるのに、焦げそうな浜松。
学習塾&予備校にとって8月はいつも以上に活気づくとき。
高校生にとっては日中に通える貴重な期間で・・・
最終週である今週は、
完走した達成感をともに労い、今年も夏が終わるなーとしみじみ。

小論文はここにきてみなさん、ステージが変わったなと。
高校生も社会人の方も、読んだ後に思わず私、「おー!」と声が出てしまうこと多々。
今月の添削会議は、いつにもまして熱かった!
(先生方と生徒の成長をよろこびあえてうれしい)

※イメージです
話しは変わり、
新聞の書評で見て図書館で借りた『刑務所の文章教室』(大塚 敦子 著)が衝撃で、ただいま3周目。

2つの刑務所で実際に開かれている文章教室が、それはそれは克明に記されている。
うまく書く練習ではなく、心の奥深くにある思いを言葉にし、5人程度の受講生や教官と共有して質問をしたり、感じ方の違いを伝えあったり・・・
これがもう、毛足の長いマットに包まれるような温かさとピュアさでたまらない。
人は安心できる環境で、しかも相手が真剣に話を聞きいてくれているとわかれば、こんなにも奥深くからの言葉が出てくるんだなと勇気づけられる。
『愛されすぎた白鳥』(小川洋子 著)
『おおきな木』(シェル・シルヴァスタイン著・村上春樹 訳)
などの物語を題材に、誰にどう自分を重ね合わせるのか?
続きを書くならどうなるのか?
とことん追い込まれて罪を犯すまでの一人ひとりの事情が、「物語をどう読むか」にリンクしすぎて読むのが苦しくてたまらないのだけれど、言葉を紡ぐことで変化していく受講生たちに目を離せず、読み進めずにはおられなかった・・・。
訓練生(受刑者)の方々の過酷な成育歴や罪を犯すきっかけを聞くにつれ、筆者が「あ、これは自分だったかもしれない」と書いていて、私もまさにそう思う。
まえがきに、
「もし自分の正直な思いを言葉で表現できていたら、罪を犯すにはいたらなかったのではないかと思うような人たちに数多く出会ってきた」
ということが書いてあり、そこにも強く思うところがある。
訓練生の方々が文章教室を通して、言葉の「詰まり」が少しずつ取れて、「自分の言葉」で書く&話しはじめる姿が沁みる。
受講後は、ご家族や大切な人への手紙や会話が大きく変わるというのも頷ける。
今、全国的に大人も子供も文章教室が大人気なんだとか。
わかる。
書くことってセルフカウンセリングですから・・・。
そういや刑務所だから、「書く」=「手書き」というのも自分との対話をするうえで大きかったと書いてあった。
めちゃくちゃわかる。
志望理由書や小論文も、その場で、手書きで書くことでしか現れなかっただろうな、、、という勢いや、あふれ出る思いみたいなのがあるなと思う。

